ローリングストーン誌の「最も偉大なアーティスト100」(2011年選出)
ローリングストーン誌(RS誌)が選んだ「最も偉大なアーティスト100」です。 世界史上最高(オールタイム・ベスト)のミュージシャンはだれ?-- このランキングは、2011年に選出されました。 音楽専門の記者や著名アーティストらの投票により順位が決められています。 英語の題名は「Rolling Stone's 100 Greatest Artists of All Time」。 歴史に残る超有名なロック、ポップ、ソウルなどのバンドや人気歌手らが名を連ねています。 ~Rock Music Daily&MOVE大橋直久
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
(※ローリングストーン誌が選ぶ「グレイテスト」シリーズ: アーティスト↓ | 曲→ | アルバム→ | 歌手→ | ギタリスト→ | 過小評価ギタリスト→ | ラップ曲→)
1位~10位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 1 |
ビートルズ
(The Beatles) 1960~1970年 【動画】 <ヘイ・ジュード> <シー・ラブズ・ユー> <ヘルプ> |
20世紀が生んだ最高の音楽アーティストと評されており、現代文化に与えた影響力の大きさは他に類を見ない。ローリングストーン誌に限らず、各種の有力な歴代ランキングで不動の1位となっている。
デビューから解散までわずか8年。歴史に残る名曲と名盤を次々に発表した。初期には、豊かなコーラスや親しみやすい自作曲、キュートで斬新なスタイルで若者を熱狂させ、「ビートルマニア」と呼ばれる社会現象を巻き起こした。 中期以降は、徹底的なクオリティ重視へ転換し、表現の幅を急速に拡大させた。レコーディング技術そのものを創作手段として活用し、多重録音、音の切り貼り、回転調整、オーケストラや電子楽器の導入など、画期的な試みを重ねた。レコードは単なる演奏の記録ではなく、一つの独立した芸術作品になり得ることを広く示し、シングル単体でなくアルバム全体を通して聴かせるという考え方を定着させた功績も大きい。 なかでも「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」「アビイ・ロード」などは史上最高級のアルバムとして評価されている。 メンバー4人の才能と個性が奇跡的に結びついた。大半の曲の作詞・作曲でコンビを組んだジョン・レノンとポール・マッカートニーは、親しみやすい旋律と大胆なコード進行、鋭い社会性と内省的な感情表現を両立させ、ロックにおける自作自演の価値を決定的に高めた。最年少ジョージ・ハリスンも作曲家として成長し、インド音楽の要素をロックに本格的に導入。リンゴ・スターは、楽曲に的確に寄り添う個性的なドラミングによって、バンド全体のサウンドを支えた。 演奏スタイルから歌詞、歌詞の題材、レコード制作の方法から、服装、髪型、映画、広告、若者の価値観にいたるまで、幅広い分野に変化をもたらした革命集団だった。 参考:ビートルズ曲の売上ランキング→ 【配信】 アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(Amazon)→
|
| 2 |
ボブ・ディラン
(Bob Dylan) 1959年~ 【動画】 <ライク・ア・ローリング・ストーン> <風に吹かれて> |
伝説的なシンガーソングライター。フォーク・ロックの先駆者であると同時に、ポピュラー音楽の歌詞を文学の領域にまで高めた、音楽史上屈指の詩人である。社会への鋭い視線、豊かな象徴表現、聴き手に解釈を委ねる多義的な言葉によって、それまでの流行歌にはなかった奥行きをもたらした。
1960年代前半、アコースティックギターとハーモニカを手にニューヨークのフォーク界から登場。「風に吹かれて」「時代は変る」などを通じて、人種差別や戦争、社会の不条理を問いかけた。その歌は公民権運動や反戦運動が広がる時代の空気と重なり、本人の意思を超えて「時代の代弁者」と見なされるほど圧倒的な支持を集めた。 しかし、単なるプロテストソングの歌手にとどまらず、1965年ごろからエレクトリックギターとロックバンドを本格的に導入。従来のフォーク界から激しい反発を受けながらも、フォークの文学的な歌詞とロックの力強いサウンドを結びつけ、フォーク・ロックという新たな潮流を決定づけた。アルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』『追憶のハイウェイ61』『ブロンド・オン・ブロンド』と続く作品群は、ロックが若者向けの娯楽から芸術的表現へと飛躍するうえで大きな役割を果たした。 代表曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、既成の価値観から転落した人物に問いかけるような辛辣な歌詞と、荒々しく解放感に満ちた演奏が一体となった歴史的名曲。約6分という当時のシングルとしては異例の長さながら大ヒットし、ロックの表現可能性を一変させた最高傑作の一つと評価されている。 美声とは異なる、しゃがれて鼻にかかった歌声や、語りかけるように言葉を押し出す独特の歌唱も大きな特徴。その表現はビートルズをはじめ、ブルース・スプリングスティーン、ニール・ヤング、パティ・スミスなど、数え切れないほどのミュージシャンに影響を与えた。 2016年には、歌手として史上初めてノーベル文学賞を受賞。 【配信】 アルバム『追憶のハイウェイ61』(Amazon)→
|
| 3 |
エルビス・プレスリー
(Elvis Presley) 1954~1977年 【動画】 <監獄ロック> <ハウンド・ドッグ> <冷たくしないで> |
1950年代にロックンロールを爆発的な大衆現象へと押し上げた最大の立役者。「キング・オブ・ロックンロール」と呼ばれ、音楽の枠を超えた20世紀最大のカリスマ・スターの一人として絶大な人気を誇った。
ゴスペル、ブルース、R&B、カントリーなど、米国南部で育まれた音楽を融合。1954年にサン・レコードから発表した「ザッツ・オール・ライト」を皮切りに、それまで人種や市場によって分けられていた音楽の壁を越え、ロックンロールを若者文化の中心へと導いた。 深みのある低音から情熱的な高音までを自在に操る歌唱力に加え、腰を激しく揺らす大胆なステージ・パフォーマンスも大きな話題となった。その姿は熱狂的な支持を集める一方、当時の保守的な社会からは「若者を堕落させる」と激しく非難された。しかし、その反発さえもロックンロールが旧来の価値観を揺さぶる新しい文化であることを印象づけた。 1956年の「ハートブレイク・ホテル」で全米を制すると、「ハウンド・ドッグ」「冷たくしないで」「監獄ロック」「ラヴ・ミー・テンダー」「好きにならずにいられない」など、時代を超えて愛される名曲を次々と発表。史上最多となる20曲の全米1位を記録したビートルズに次いで、18曲を首位に送り込んだ歴史的なヒットメーカーでもある。 映画俳優としても数多くの作品に主演し、1960年代にはハリウッドスターとして活躍。音楽活動は精彩を欠いた時期もあったが、1968年のテレビ特番、通称「68カムバック・スペシャル」で黒い革の衣装をまとい、野性的な歌声と存在感を復活させた。その後も「サスピシャス・マインド」「イン・ザ・ゲットー」などの名曲を生み、ラスベガス公演で新たな黄金期を築いた。 1977年に42歳で急逝した後も、その人気と影響力は衰えていない。
|
| 4 |
ローリング・ストーンズ
(The Rolling Stones) 1962年~ 【動画】 <ブラウン・シュガー> <ギミー・シェルター> <サティスファクション> |
1962年にロンドンで結成された、ロック史を代表する世界的バンド。ブルースやR&Bなどの黒人音楽を原点としながら、荒々しいギター・サウンドと強烈なリズム、退廃的な雰囲気を融合させ、独自のスタイルを確立した。
端正で親しみやすい印象を打ち出したビートルズに対し、ローリング・ストーンズは不良性や反抗心を前面に押し出した。ミック・ジャガーの挑発的な歌唱とステージ・パフォーマンス、キース・リチャーズの鋭く粘りつくようなギターは、既成の価値観に反発する若者たちの欲求不満や解放願望を鮮烈に表現し、絶大な支持を集めた。 結成当初こそカバー曲を中心としていたが、間もなくジャガーとリチャーズによる作曲コンビが才能を開花させる。「サティスファクション」「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「悪魔を憐れむ歌」「黒くぬれ!」など、ロック史に残る名曲を次々と発表。カントリー、ファンク、レゲエ、ディスコなども取り込み、時代に応じて音楽性を広げていった。 とりわけ1960年代末から1970年代前半にかけては、『ベガーズ・バンケット』『レット・イット・ブリード』『スティッキー・フィンガーズ』『メイン・ストリートのならず者』といった傑作アルバムを相次いで発表し、創作面で最初の頂点を迎えた。華やかさと猥雑さ、危険な緊張感を併せ持つその音楽は、後世のハードロックやパンク、ガレージロックなどにも大きな影響を与えている。 活動期間の長さも圧倒的。 参考:ローリング・ストーンズの名曲ランキング→ 【配信】 アルバム『スティッキー・フィンガーズ』(Amazon)→
|
| 5 |
チャック・ベリー
(Chuck Berry) 1955年~ 【動画】 <ジョニーBグッド> <ロール・オーバー・ベートーヴェン> |
ロックの創始者を1人に絞ることはできないが、
あえて1人を挙げるとするなら、
それはチャック・ベリーになるというのが、
多くの専門家の意見。
1950年代から度肝を抜くギター演奏と名曲で若者たちを熱狂させ、 エイトビートのギターによるロックのスタイルを確立した。 奏者としては独特のリフが持ち味。 ソングライターとしては、ティーンエイジャーの日常生活を題材として取り上げ、 彼らの気持ちを代弁した最初の人物として評価されている。 1960年代にビートルズらイギリスのロックバンドが世界を席巻するが、 その大半が最も影響を受けたのが、 このチャック・ベリーだった。 「ジョニーB・グッド」は最も偉大なロックのアンセム。 「ロール・オーバー・ベートーヴェン」も歴史的な名曲。
|
| 6 |
ジミ・ヘンドリックス
(Jimi Hendrix) 1963~1970年 【動画】 <紫のけむり> |
エレクトリック・ギターという楽器の可能性を根底から塗り替えた革命児。「ギターの神様」と称され、後世のギタリストに計り知れない影響を与えた。
ブルースやR&Bを土台としながら、強烈なディストーション、フィードバック、ワウペダル、アーミングなどを大胆に駆使。それまで雑音と見なされることもあった音まで自在に操り、ギター1本から轟音、悲鳴、ささやきのような繊細な響きを引き出した。高度な演奏技術だけでなく、音色そのものを創造する能力で傑出していた。 右利き用のストラトキャスターを上下逆に構える姿も象徴的。歯や背中でギターを弾き、ステージ上で楽器に火を放つなど、視覚的にも圧倒的な衝撃を与えた。一方で、スタジオでは録音技術を積極的に活用し、サイケデリック・ロック、ファンク、ハードロック、ヘヴィーメタルへとつながる新たなサウンドを切り開いた。「ロックの殿堂」は、その革新性がファンク、グラム、メタルなどに大きな影響を及ぼしたと評価している。 代表曲は、鋭いギターリフが強烈な印象を残す「紫のけむり(パープル・ヘイズ)」。ほかにも「リトル・ウィング」「ヴードゥー・チャイルド」「フォクシー・レディ」、ボブ・ディランの曲を独創的に再構築した「見張塔からずっと」など、多くの名演を残した。 第一線で活動した期間はわずか4年ほどだったが、その短い間にロック・ギターの常識を一変させた。ローリング・ストーン誌「史上最高のギタリスト」ランキング1位。 1970年9月18日、27歳で急逝。 【配信】 ベスト盤→
|
| 7 |
ジェームス・ブラウン
(James Brown) 1953~2006年 【動画】 <マンズ・マンズ・ワールド> <セックス・マシーン> |
ソウル界のゴッド・ファーザー。
「ファンク」というジャンルを確立した立役者。
プリンスやブルーノ・マーズら多数のミュージシャンに大きな影響を与え、 ヒップホップを含めた幅広いジャンルの音楽家に崇拝されている。 ステージ・パフォーマーとしても伝説的な存在。 「セックス・マシーン」「ザ・ペイバック」など、ヒット曲は多い。
|
| 8 |
リトル・リチャード
(Little Richard) 1951~2020年 【動画】 <のっぽのサリー> <リップ・イット・アップ> |
ロックンロールの創始者の一人。ゴスペルを思わせる熱烈な歌唱、激しく連打するピアノ、R&Bの躍動的なリズムを融合させ、初期ロックンロールの基本的なスタイルを築いた。高音域で絶叫するような歌声と、冒頭から一気に聴き手を引き込む爆発的な勢いは、それまでの大衆音楽にはなかった衝撃をもたらした。
1955年に発表した「トゥッティ・フルッティ」で一躍スターとなり、続く「のっぽのサリー」「リップ・イット・アップ」「グッド・ゴリー、ミス・モリー」なども大ヒット。疾走感あふれる演奏と、意味よりも響きやリズムを重視した掛け声によって、ロックンロールが持つ解放感と興奮を鮮烈に表現した。 高く盛り上げた髪型、派手な衣装、濃い化粧をまとい、ピアノを叩きつけるように演奏するステージ・パフォーマンスも革命的だった。人種差別が色濃く残る1950年代の米国において、黒人歌手であるリトル・リチャードの音楽は人種の壁を越えて若者を熱狂させ、ロックンロールを世界的な文化へと押し上げる原動力となった。 その歌唱法や演奏、華やかな自己表現は、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ジェームス・ブラウン、ジミ・ヘンドリックス、デヴィッド・ボウイ、プリンスなど、後世の重要なアーティストに大きな影響を与えた。R&Bをロックンロールへと発展させただけでなく、その強烈なリズム感と熱狂的な表現によって、ソウルやファンクの誕生と発展にも道を開いた先駆者である。 【配信】 ベスト盤→
|
| 9 |
アレサ・フランクリン
(Aretha Franklin) 1956~2018年 【動画】 <リスペクト> <ナチュラル・ウーマン> |
米国史上最も活躍した女性歌手とされる。「ソウルの女王」と呼ばれる。
ソウルに詳しい音楽評論家ピーター・バラカン氏の名著「魂(ソウル)のゆくえ」によると、 牧師の娘として南部メンフィスに生まれ、デトロイトで育った。 幼いころから父親が牧師を務める教会でゴルペルを歌い、天才的な才能を発揮したという。 25歳の1967年に本格的なデビュー曲となった「貴方だけを愛して」(I Never Loved a Man (The Way I Love You))が、全米トップ10の大ヒット。 ソウルの代名詞ともいえる曲となった。 その後のシングル「リスペクト」が全米ナンバー1に輝く。 リスペクトは、公民権運動(差別撤廃運動)やフェミニスト運動を象徴する歌ともなった。 この後も名曲を連発。「天才的に歌のうまい人ですから、なにを歌っても素晴らしい名演」(バラカン氏)となった。 例えば、ポップ歌手キャロル・キングが作曲した「ナチュラル・ウーマン」((You Make Me Feel Like) A Natural Woman)も、 アレサが歌うことで、「見事なソウル・ナンバー」(バラカン氏)に生まれ変わった。 伝説的なコメディ映画「ブルース・ブラザース」(1980年)に出演。「シンク」を披露し、日本の若者たちにも強烈なインパクトを与えた。 1987年には、人気絶頂だった英国歌手ジョージ・マイケルとのデュエット「愛のおとずれ」(I Knew You Were Waiting (For Me))で再び全米1位を獲得するなど、世代を越えた活躍を見せた。 【配信】 代表的な名盤5枚をセットにしたアルバム→ ベスト盤(60年代)→
|
| 10 |
レイ・チャールズ
(Ray Charles) 1930~2004年 【動画】 <ホワッド・アイ・セイ> <我が心のジョージア> |
ソウル史上最高のシンガー・ソング・ライター。
R&Bやブルース、ゴスペル、ジャズを組み合わせて、
世界中に愛されるソウルミュージックをつくりあげた。
「ホワッド・アイ・セイ」
「我が心のジョージア」などが有名。
6歳で失明し、ハンディを抱えながらも、
1950年代から亡くなる2000年代まで半世紀にわたって活躍した。
【配信】 ベスト盤→
|
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
11位~20位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 11 | ボブ・マーリー
(Bob Marley) 1962年~1981年 【動画】 <ワン・ラブ> <ノー・ウーマン・ノー・クライ> |
レゲエの神様。ジャマイカが生んだ偉人。
レゲエを世界中で親しまれる音楽にした立役者。
代表曲は、反戦ソング「ワン・ラブ」や、
「ノー・ウーマン・ノー・クライ」など。享年36歳。
息子ジギーが世界トップクラスのレゲエミュージシャンとして活躍。
|
| 12 | ビーチ・ボーイズ
(The Beach Boys) 1961年~ 【動画】 <ヘルプ・ミー・ロンダ> <グッド・バイブレーション> |
米国生まれの最強ロックバンド。
ボーカル・ハーモニーやロック、R&Bを組み合わせた独自の音楽を確立。
1960年代にカリフォルニアサウンドとして世界を席巻した。
「ヘルプ・ミー・ロンダ」
「ファン・ファン・ファン」
「グッド・バイブレーション」
「アイ・ゲット・アラウンド」など、
時代をこえて親しまれる名曲を数多く生み出した。
また、1966年には芸術性の高い傑作アルバム『ペット・サウンズ』を出した。
|
| 13 | バディ・ホリー
(Buddy Holly) 1956年~ 1959年 【動画】 <ペギー・スー> <That'll Be the Day> |
ロックンロール草創期の天才ギタリスト、シンガーソングライター。
作詞・作曲から演奏、歌唱、プロデュースまでを自ら手掛け、
ロックのスタンダードなバンド演奏のスタイルを確立した。
飛行機事故によって22歳の若さで亡くなるまでの数年間に名作を次々とリリースし、
ボブ・ディランやビートルズ、ローリング・ストーンズら1960年代以降のロック・ミュージシャンに大きな影響を与えた。
ヒット曲は、
「ペギー・スー」
「That'll Be the Day」など。
|
| 14 | レッド・ツェッペリン
(Led Zeppelin) 1968年~ 1980年 【動画】 <天国への階段> <ブラック・ドッグ> |
イギリスのロックバンド。
ローリングストーン誌に「1970年代で最もビッグなバンド」と評価されている。
「1960年代におけるビートルズと同じくらい70年代に影響力を発揮したアーティスト」(米ロックの殿堂博物館)とも言われている。
また、商業的にもデビューから解散時に至るまで大成功を続け、
レコードの販売枚数は全世界で2~3億枚。
史上最も稼いだアーディストの一つ。
名曲バラード「天国への階段」が収録された4枚目のアルバム「レッド・ツェッペリン IV」など、傑作と評される作品を世に送り込んだ。
ジミー・ペイジのギター、
ロバート・プラントのボーカルなどによって作り出されるパワーとスピードあふれるサウンドが特徴。
ハードロックというジャンルを切り開いた立役者。
ヘビーメタルの開祖と呼ぶ人もいる。
1980年に解散するが、
それ後に訪れるハードロックやヘビメタの全盛時代の礎となり、
1990年代のオルタナティブ・ロックの勃興にも大きな影響を与えたと考えられている。
シングルをほとんど発売せず、アルバムだけをリリースするというスタイルは、
音楽業界全体のビジネスのモデルとなった。
また、スタジアムでのコンサート・ツアーを世界に広めた功績も評価されている。
|
| 15 | スティービー・ワンダー
(Stevie Wonder) 1961年~ 【動画】 <迷信> <心の愛> |
20世紀後半に最も活躍した歌手の一人。
歌唱、作曲、マルチな楽器演奏で世界を魅了してきた。
生後間もなく盲目となるも、
幼少期から「神童」と呼ばれるほど優れた音楽の才能を発揮。
11歳でモータウンからデビューした。
翌年の1963年に発売されたシングル「フィンガーティップ パート1」と、
収録のライブアルバムがそれぞれ全米1位となった。
以降、長年にわたり毎年のようにヒット曲を出す。
1976年の18枚目のアルバム「キー・オブ・ライフ」が米国だけで1000枚のセールスを記録。
グラミー賞の最優秀アルバム賞を獲得した。シングルカットされた「愛するデューク」も代表曲として知られている。
このほか、「迷信」「サンシャイン」「心の愛(I Just Called to Say I Love You)」などが有名。
30曲以上の全米トップ10ヒット。
累計1枚以上のレコードを売った。
計22部門でグラミー賞を受賞。
|
| 16 | サム・クック
(Sam Cooke) 1950年~ 1964年 【動画】 <ユー・センド・ミー> <ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム> |
「キング・オブ・ソウル」と呼ばれ、
ソウル・ミュージックの世界で最も尊敬されている歌手であり作曲家(シンガー・ソング・ライター)。
10代のころからゴスペル歌手として活躍し、その後ソウル歌手に転向。
甘いメロディのバラード「ユー・センド・ミー」など、
大ヒットを生んだ。人種差別撤廃のメッセージを訴えた「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」も歴史に残る名曲と評されている。
ソウルミュージックの人気に火をつけたことで、
アレサ・フランクリンやアル・グルーンら後の黒人スターたちの活躍の道を拓いた。
自らレコード会社をつくるなど起業家としても成功したが、謎めいた事件によって33歳の若さで亡くなった。
|
| 17 | マディ・ウォーターズ
(Muddy Waters) 1941年~ 1983年 【動画】 <ローリング・ストーン> |
シカゴ・ブルースの父。カリスマ・ギタリスト。 米南部発祥のアコースティックギターによるブルースを発展させ、エレキギターを用いるシカゴ・ブルースのスタイルを創り出した。 ブルースやR&Bはもとより、ロックやフォーク、カントリーにも多大な影響を与えた。 チャック・ベリーやジミ・ヘンドリックス、スラッシュら20世紀の偉大なギタリストたちから尊敬され、導師的な存在として崇められた。 ロックバンド「ローリング・ストーンズ」は、マディ・ウォーターズの1950年のヒット曲「ローリング・ストーン」から命名した。 また、雑誌「ローリングストーン誌」も、この曲から名前をつけた。 |
| 18 | マーヴィン・ゲイ
(Marvin Gaye) 1958年~ 1984年 【動画】 <ホワッツ・ゴーイン・オン> <悲しいうわさ> |
モータウンが生んだ偉大な音楽家。 1960年代に毎年のように全米ヒット曲を生み出した(「悲しいうわさ」やデュエット曲「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」など)。 休養を経て、1971年に自らプロデュースと作曲を手掛けた傑作アルバム「ホワッツ・ゴーイン・オン」を発表。 ベトナム戦争や公害、貧困などの問題を扱ったコンセプトアルバムとし社会に大きなインパクトを与える。 反戦ソングであるタイトル曲「ホワッツ・ゴーイン・オン」、環境破壊を嘆く「マーシー・マーシー・ミー」などの名曲がシングルカットされた。 レコード会社(モータウン)の反対を押し切って政治色のある作品をつくり、芸術性と商業面の両方で大成功させたことは、 他のブラックミュージシャンたちに大きな勇気を与えたとされる。 さらに、1973年、性欲をロマンチックに歌い上げた名曲「レッツ・ゲット・イット・オン」を生み出すなど、 創造性をいかんなく発揮した。 1982年には「セクシャル・ヒーリング」を大ヒット曲させる。 しかし、その2年後、実の父親に射殺されるという悲劇にみまわれ、44歳で亡くなった。 |
| 19 | ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
(The Velvet Underground) 1964-73年、 1990年、 1992-94年、 1996年 【動画】 <日曜の朝> |
ルー・リードが率いた伝説的なロックバンド。 20世紀において最も時代を先取りしたバンドとも言われれる。 実験的かつ芸術的な作品で、コアな音楽ファンを魅了。パンクロックやニューウェーブなどの新たなジャンルの発展に貢献した。 商業的にはヒットに恵まれなかったものの、後のミュージシャンに与えて影響は極めて多いとされる。 |
| 20 | ボ・ディドリー
(Bo Diddley) 1955年~ 2008年 【動画】 <ボ ディドリー> |
ブルースからロックンロールを生み出した中心的存在の一人。 チャック・ベリー、リトル・リチャードらとともに「ロック時代」の先駆者となった。 音楽評論家ピーター・バラカン氏は著書『魂(ソウル)のゆくえ』の中で、「ロックンロールにアフリカ的なリズム感を取り込んだ大変な功績を持つ」と評している。エルビス・プレスリーやビートルズ、ローリングストーンズなど後続のロックアーティストに大きな影響を与えた。 |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
21位~30位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 21 | オーティス・レディング
(Otis Redding) 1960年~ 1967年 【動画】 <ドック・オブ・ベイ> |
史上最も偉大なソウル歌手の一人とされる。代表作は「ドック・オブ・ベイ」など。 1960年代、米南部の「サザン・ソウル」を世界に知らしめた。 (サザン・ソウルは米北部デトロイトのモータウンよりもゴスペル色が強く泥臭いテイストのブラック・ミュージック)。 1967年に開催された伝説的な野外コンサート「モンタレー・ポップ・フェスティバル」に登場し、 白人のロックファンらにも大好評を得るなど、 幅広い層に愛された。 26歳の若さで飛行機事故により亡くなった。 |
| 22 | U2
1976年~ 【動画】 <ビューティフル・デイ> |
1980年代、90年代、2000年代にまたがって、 多くの傑作アルバムをリリースした怪物ロックバンド。 アイルランド出身。 魂に響くボノのボーカルと、エッジの独創的なギター演奏が大きな魅力。 誠実さを感じさせる作風。 軽くてちゃらいロックとは正反対で、商業っぽさも薄い。 長期にわたって音楽家や評論家から高い評価を受け、 かつ商業的にも成功を維持してきた。 解散や活動休止をせずに、オリジナルの4人のメンバーで活躍を続けている点も特筆すべき点。 戦争や差別、テロに対する怒りなどを表現した社会性の強い曲のほか、 愛情、信仰について純粋に唄う曲、 社会を風刺する曲など、テーマの幅が広い。 グラミー賞を最も多く受賞しているバンドでもある。 1987年のアルバム「ヨシュア・トゥリー」を最高傑作とする声が多い。 |
| 23 | ブルース・スプリングスティーン
(Bruce Springsteen) 1954年~ 【動画】 <明日なき暴走> |
アメリカを代表するロックンローラー。「ボス」の愛称で親しまれる。 最強のライブ・パフォーマーの一人でもあり、 長年にわたり、 エネルギッシュなパフォーマンスで世界のロックファンを感動させてきた。 労働者階級の悲哀や希望を歌う歌手も熱狂的に支持されている。 「明日なき暴走(Born to Run)」「ボーン・イン・ザ・USA」などの傑作アルバムが多数。 1972年にデビュー。1970年代から2010年代を通して、休むことなく一線で活躍し続けており、 その長寿ぶりも称賛されている。 |
| 24 | ジェリー・リー・ルイス
(Jerry Lee Lewis) 1954年~ 【動画】 <Whole Lotta Shakin' Goin' on> |
1950年代のロック創世記の英雄。 ロカビリーの先駆者とされる。 「ロック界における最初の偉大な野生児」と形容される。 「Whole Lotta Shakin' Goin' on」 「Great Balls of Fire」など、 後にロックの古典として語り継がれる名曲を生み出した。 22歳の時に13歳のいとこの女の子と結婚するという衝撃的な事件を起こし、キャリアが一気に失墜。 しかし、1960年代の後半にカントリー歌手として復帰し、 カントリーチャートで多くのヒットを生み出した。 |
| 25 | ファッツ・ドミノ
(Fats Domino) 1949年~2017年 【動画】 <ザ・ファット・マン> |
ロックとR&Bの最初の大スター。 ニューオリンズ出身。 1949年のデビュー曲「ザ・ファット・マン(The Fat Man)」は、ロック史上で初めてのミリオンセラーと言われている。 その後、1950年代にわたってヒットを連発した。 ブルース調のビートのきいたピアノ演奏とボーカルで、数えきれない人たちをロックの世界へと引き込んだ。 ロック創生者の一人として高い評価を得ている。 黒人だけでなく白人からも人気を集めた。 謙虚な人柄の持ち主として知られた。 |
| 26 | ラモーンズ
(The Ramones) 1974年~ 1996年 【動画】 <Blitzkrieg Bop> |
パンクのサウンドを定義づけた最初のバンドの一つとされている。
セールス的には歴史に残るようなヒットはなく、
アルバムのチャートでの最高順位は米国で44位、英国で14位である(いずれも5作目)。
しかし、コアなロック愛好家や音楽評論家の間では、デビュー当初から極めて高い評価を得た。
世界中のロックンローラーに大きな影響を与え、とりわけパンクの発展に貢献。
年がたつにつれて歴史的な評価はさらに高まり、「史上最も偉大なロックバンド」としての位置づけた定着した。
とりわけデビュー作から最初の3枚は評価が高い。 スピーディーでハードでストレート。 かつ軽快でノリやすいサウンドが持ち味。 ビーチボーイズなど1950年代、60年代のロックアーティストから影響を受けているとされる。 |
| 27 | ニルヴァーナ
(Nirvana) 1987年~ 1994年 【動画】 <スメルズ・ライク・ティーン・スピリット> |
1990年代の音楽界で最も尊敬されているロックバンド。
80年代後半に主流だったノー天気なヘビメタや産業ロックに代わり、
荒削りで暗めな音楽として登場した「オルタナティヴ・ロック(オルタナ)」を代表する存在である。 米シアトルのアンダーグランドから生まれ、オルタナのジャンルの一部である「グランジ」を世界に広めた。 閉塞感や怒りを生々しく表現した音と歌詞が当時の若者の心をつかみ、ティーン・エイジャー文化に絶大な影響を与えた。 とりわけ大ヒットした2枚目のアルバム「ネヴァーマインド」(1991年)は、ロック史に大きな転換点をもたらしたとされ、90年代のロック界の最高傑作として評価されている。 1994年にリーダーのカート・コバーンが27歳で自殺したことで、バンド活動が終焉を迎えた。 |
| 28 | プリンス
(Prince) 1976年~ 2016年 【動画】 <パープル・レイン> |
音楽ジャンルを超越した活躍を続けた偉才。 とりわけ1980年代から1990年代初頭は、ほぼ毎年新しいアルバムをリリースし、 大ヒットさせた。 代表作「パープル・レイン」は、史上最高傑作の映画サントラと言われている。 ファンクを中心に据えつつ、シンセサイザーなどの電子音を生かした新しいソウル・ミュージックやロックを織り交ぜ、 80年代を象徴する高品質でスタイリッシュなポップ音楽を作り上げた。 初の大ヒットとなった「1999」のほか、「サイン・オブ・ザ・タイムズ」「LOVESEXY」など名盤は多い。 様々な楽器を一人でこなすことでも知られる。 ローリングストーン誌が選ぶ「史上最も過小評価されているギタリスト」で1位になった。 上半身の裸体をさらけだして色気を強調するスタイルも斬新だった。 |
| 29 | ザ・フー
(The Who) 1964年~ 1982年、 1989年、 1996年~ 【動画】 <マイ・ジェネレーション> |
ビートルズ、ローリング・ストーンズとともに、イギリスの3大ロックバンドの一角を占める。 ロック時代を代表するアンセムである「マイ・ジェネレーション」などの名曲を生んだ。 ギタリストのピート・タウンゼントはロック界の親分的な存在として活躍。 ライブで最高の演奏をすることで知られている。 楽器を破壊するパフォーマンスも有名。 労働者階級の音楽とも言われる。 |
| 30 | クラッシュ
(The Clash) 1976年~ 1986年 【動画】 <ロンドン・コーリング> |
最も偉大なパンクバンド。 1970年代後半にイギリスから巻き起こったパンク・ブームにおいて、 セックス・ピストルズとともに中心的な役割を果たした。 反体制というパンクの精神を実践し続けたバンドとして尊敬されている。 とりわけ1979年の「ロンドン・コーリング」は歴史的な傑作との評価が多い。 黒人音楽、レゲエ、ロカビリーなど他のジャンルを取り入れた成熟したサウンドを表現。 パンクの音楽性をレベルアップさせ、普遍性を広げた。 |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
31位~40位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 31 | ジョニー・キャッシュ
(Johnny Cash) 1954年~ 2003年 【動画】 <フォルサム・プリズン・ブルース> |
史上最も偉大な米カントリー歌手の一人と言われる。
ディープな低音の歌声が持ち味。
累計9000万枚のレコードを売った。
カントリー音楽になじみがない人にも愛される曲を多数生んだ。
ロックの分野でも活躍した。 23歳でデビューしてから71歳で亡くなるまで、 半世紀にわたってコンスタントに作品を生み出した。 1960年代にアメリカの刑務所を回ってライブ活動を行った。 そのときのライヴ・アルバム「アット・フォーサム・プリズン(At Folsom Prison)」と「At San Quentin」は大ヒットし、 代表作となった。 名作ミュージカル映画「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」のモデルになり、 21世紀の若者にも敬愛された。 |
| 32 | スモーキー・ロビンソン & ザ・ミラクルズ
(Smokey Robinson & the Miracles) 1955年~ 【動画】 <マイ・ガール> |
スモーキー・ロビンソンは現代ブラックミュージック史上、最も偉大な歌手の一人であり、最高級の作曲家・作詞家。 ソウル黄金時代を築いたレコード会社「モータウン」の初期の立役者で、会社設立時に副社長に就任した。 自らが率いるミラクルズのほか、 マービン・ゲイやテンプテーションズらの曲を手掛けており、 初期のモータウンのヒット曲の大半はスモーキーが作曲に携わった。 作詞家としての評価も高く、「マイ・ガール」などロマンチックで比喩に富んだ歌詞の曲を多数つくった。 ボブ・ディランは1967年に「スモーキー・ロビンソンは今のアメリカで最高の詩人だ」と絶賛した。 |
| 33 | エヴァーリー・ブラザーズ
(The Everly Brothers) 1957年~ 2014年 【動画】 <バイ・バイ・ラブ> |
兄弟のカントリー・ユニット。カントリーとロックの垣根をとっぱらった。ビートルズらにも大きな影響を与えたとされる。絶妙のヴォーカル・ハーモニー。
ドンとフィルの兄弟は、8歳と6歳のときから一緒に歌い始めた。 1957年で「バイ・バイ・ラブ」が大ヒットし、スターとなった。 |
| 34 | ニール・ヤング
(Neil Young) 1960年~ 【動画】 <孤独の旅路> |
半世紀にわたり活躍するロック・ミュージシャン。カナダ出身。 「孤独の旅路」(Heart of Gold)などのヒット曲で有名。 常に意欲的な創作活動に取り組む姿勢で知られ、 フォークやカントリー、ロカビリー、テクノ、グランジなど、幅広いジャンルを追求している。 「反骨の人」としても知られ、社会的なメッセージも多く発してきた。 ローリングストーン誌が選んだ「偉大なギタリスト」で17位に選ばれた。 ボーカリストとしても高く評価されている。 実力のあるメンバーが揃ったバンド「クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング」(Crosby, Stills, Nash & Young、略して「CSN&Y」)としても目覚ましい活躍をした。 |
| 35 | マイケル・ジャクソン
(Michael Jackson) 1967年~ 2009年 【動画】 <ビリー・ジーン> <今夜はビート・イット> |
究極の天才ミュージシャン。アルバム「スリラー」は音楽史上ダントツ1位のセールスを記録。大衆音楽(ポピュラー・ミュージック)の頂点に立った。
ビートルズ、エルビス・プレスリーに次いで世界史上3番目にCD・レコードを売ったアーティスト。本来、順位がもっと上であるべき。 マイケル・ジャクソンの曲のランキング→ |
| 36 | マドンナ
(Madonna) 1979年~ 【動画】 <ハング・アップ> <ラ・イスラ・ボニータ> |
1980年代から1990年代にかけてのアイコン。ポップカルチャー全般に影響を与えた。
世界史上4番目にCD・レコードを多く売ったアーティストである。 女性音楽家としては歴代1位。 1980年代、1990年代、2000年代にまたがってメガヒットを出した。 この間、セクシーかつファッショナブルな曲と音楽ビデオで時代をリードし、 世界の女性から敬愛された。 |
| 37 | ロイ・オービソン
(Roy Orbison) 1954年~ 1988年 【動画】 <オー・プリティ・ウーマン> |
名曲「オー・プリティ・ウーマン」で知られるシンガーソングライター。
プレスリーらと共に1950年代後半のロカビリー・ブームの先頭に立ち、「プリティ・ウーマン」のほか、「オンリー・ザ・ロンリー」「ブルー・エンジェル」などがヒット。 その後、ロカビリーはビートルズに始まる「ブリティッシュ・インベージョン」の大波に飲み込まれたが、ロイは逆にイギリスでの人気が高まり、「イギリスで最も数多くのヒットを生んだアメリカ人歌手」と言われた。 黒い髪と黒ぶちの眼鏡、黒ずくめの衣装がトレードマーク。3オクターブの声が出せるという伝説もあった。 アメリカのポピュラー音楽に与えた影響は大きい。リンダ・ロンシュタットは「ブルー・バイユー」、バン・ヘイレンは「オー・プリティ・ウーマン」をカバー。 ブルース・スプリングスティーンはヒット曲「サンダー・ロード」に彼を歌いこんだ。 1980年代後半にボブ・ディラン、ジェフ・リン、トム・ペティ、ジョージ・ハリソンと共にスーパーバンド「トラベリン・ウィルベリーズ」を結成し、アルバムを大ヒットさせた。 |
| 38 | ジョン・レノン
(John Lennon) 1957年~ 1975年 |
ポール・マッカートニーとともに史上最強のグループ・ビートルズを率いた。 |
| 39 | デヴィット・ボウイ
(David Bowie) 1964年~ 2016年 |
1960年代末から80年代にかけて、強烈なインパクトのある名曲を多数生み出したロックアーティスト。ビジュアル、ファッション面を含めてポップカルチャー全般に偉大な功績を遺した |
| 40 | サイモン & ガーファンクル
(Simon & Garfunkel) 1964年~ 1970年 |
「明日に架ける橋」「サウンド・オブ・サイレンス 」などの歴史に残るフォークの名曲を生み出したデュオ(2人組)。 |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
41位~50位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 41 | ドアーズ
(The Doors) 1965年~ 1972年 1978年 2001年 2003年 2008年 |
「ハートに火をつけて(Light My Fire)」(1967年)などで知られるアメリカのロックバンド。ボーカルは、ジム・モリソン。1971年に27歳の若さで亡くなった。 |
| 42 | ヴァン・モリソン
(Van Morrison) 1964年~ |
イギリスが生んだ偉大な歌手(シンガー・ソングライター)。アルバム「アストラル・ウィークス」などの名盤を生んでいる。 |
| 43 | スライ & ザ・ファミリー・ストーン
(Sly and the Family Stone) 1967年~ 1975年 |
最強のファンク・バンド。ジェームズ・ブラウンに次いでファンクの世界で史上最も大きな功績を残したとされる。ファンクを世界に広め、マイケル・ジャクソンやプリンスらにも多大な影響を与えた。人種混合のバンド構成。 |
| 44 | パブリック・エナミー
(Public Enemy) 1982年~ |
シリアスなラップの先駆者。社会派ヒップホップを生み出したグループ。ニューヨーク出身。 |
| 45 | バーズ
(The Byrds) 1964年~ 1973年 |
「ミスター・タンブリン・マン」「ターン・ターン・ターン」で知られるアメリカのバンド。フォークロックというジャンルを確立したとされる。 |
| 46 | ジャニス・ジョプリン
(Janis Joplin) 1966年~ 1970年 |
1960年代を代表する女性ロック・シンガー。1970年に27歳で死去し、その後も伝説の歌手として愛され続けている。 |
| 47 | パティ・スミス
(Patti Smith) 1971年~ |
70年代後半に大活躍した女性シンガー。パンクの全盛に寄与した。ブルース・スプリングスティーンとの共作「ビコーズ・ザ・ナイト」も有名。 |
| 48 | Run-DMC
(ラン・ディーエムシー) 1983年~ 2002年 |
1980年代にヒップホップをメジャーにし、一般社会に広めた立役者。アディダスのスニーカーなど、ヒップホップのファッションも広めた。エアロスミスのヒット曲「ウォーク・ディス・ウェイ(Walk This Way)」のアレンジ曲を大ヒットさせた。 |
| 49 | エルトン・ジョン
(Elton John) 1969年~ |
1970年代以降、名曲を次々と世に送り込み、3億枚以上を売り上げたソロ歌手。「ユア・ソング」「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」などバラードが記録的セールスになる一方で、「クロコダイル・ロック」などのロックも大ヒットさせた。 90年代の「ライオン・キング」のサントラに象徴されるように、時代を超えてヒットを出した偉人である。 |
| 50 | ザ・バンド
(The Band) 1967年~ 1976年 1983年~ 1999年 |
名曲「ザ・ウェイト(The Weight)」で知られるロックバンド。ボブ・ディランの仲間。 |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
51位~60位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 51 | ピンク・フロイド
(Pink Floyd) 1965年~ 1995年 2005年 2014年 |
アルバムを2億枚以上も売ってしまったすごいプログレッシブ・ロックバンド。名作「狂気」(1973年)は、世界史上3番目に売れたアルバム。 |
| 52 | クイーン
(Queen) ベスト盤(ジュエルズ)→ ライブ盤→ 1970年~ |
イギリス出身の4人組。
日本で史上最も人気のある洋楽ロックバンド。
主に1970年代と1980年代に活躍
オペラとロックを組み合わせた不滅の名曲「ボヘミアン・ラブソディー」(Bohemian Rhapsody)などの傑作を多く生んだ。
琴線に触れるドラマチックな曲と魂に響くサウンドが持ち味。 「伝説のチャンピオン(We Are the Champions)」「ウィ・ウィル・ロック・ユー(We Will Rock You)」「愛という名の欲望(Crazy Little Thing Called Love)」「レディオ・ガ・ガ(Radio Ga Ga)」「アンダー・プレッシャー」なども時代を越えて愛されている。 フレディ・マーキュリーのボーカル、ブライアン・メイのギターを含め、 メンバー4人全員が優れた作曲スキルを持ち、 力作を作り続けた。 ライブでのパフォーマンスも伝説的。 ボーカルのフレディ・マーキュリーがエイズで倒れるまで、 世界中を熱狂させた(フレディは1991年死去)。 中でもアフリカ飢餓救済のチャリティコンサート「ライブエイド」(1985年)での演奏は、 多くの音楽メディアや評論家から史上最高のパフォーマンスとして評価されている。 1973年のデビューアルバムは本国イギリスでは評価が今一つだったが、 日本でいち早く熱狂的なファンを獲得した。 とくに女性に支持された。 1975年の初来日公演も大きな騒動になった。 2004年、民放テレビドラマにクイーンの曲が使われたことをきっかけに人気が再燃。 日本独自のベスト盤CD「ジュエルズ」が発売され、洋楽としては異例の170万枚を売る大ヒットとなった。 2018年に公開されたフレディ・マーキュリーの伝記的な映画「ボヘミアン・ラブソディー」は世界的な大ヒットとなった。 日本でも異例のロングランとなり、平成世代のクイーンファンが急増した。 クイーン名曲ランキング |
| 53 | オールマン・ブラザーズ・バンド
(The Allman Brothers Band) 1969年~ 1976年 1978年~ 1982年 1989年~ |
サザン・ロックの代表的バンド |
| 54 | ハウリン・ウルフ
(Howlin' Wolf) 1940年代 - 1976年 |
1960年代以降のロック界に多大な影響を与えたブルース歌手 |
| 55 | エリック・クラプトン
(Eric Clapton) 1963年~ |
史上最も偉大なギタリストの一人。名曲「レイラ」「ティアーズ・イン・ヘヴン」を生んだ |
| 56 | ドクター・ドレー
(Dr. Dre) 1984年~ |
ヒップホップ史上最高のプロデューサーとされる。1990年代に「クロニック」「2001」という2つのアルバムでソロとして大成功を収めた。プロデューサーとしてもヒットを連発し、エミネムらの代表作も多く手掛けた。 |
| 57 | グレイトフル・デッド
(Grateful Dead) 1965年~ 1995年 |
ヒッピー文化、サイケデリック文化を代表するアメリカの伝説的バンド |
| 58 | パーラメントとファンカデリック
(Parliament & Funkadelic) 1955年~ |
天才ジョージ・クリントン率いるファンクバンド |
| 59 | エアロスミス
(Aerosmith) 1970年~ |
もっとも息長く活躍する人気ハードロックバンド。バラードでも名曲を多数生んだ。 |
| 60 | セックス・ピストルズ
(The Sex Pistols) 1975年~ 1978年 1996年 2002年 2003年 2007年 2008年 |
「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」「アナーキー・イン・ザ・U.K.」で知られる偉大なパンクバンド。活躍した時期が短かったのが残念 |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
61位~70位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 61 | メタリカ
(Metallica) 1981年~ |
1980年代後半から90年代にヘビーメタル界の王座に君臨したアメリカのバンド。ローリング・ストーン誌の読者が選ぶ『最高のメタル・バンド』ベスト10」で1位に選ばれた。 |
| 62 | ジョニ・ミッチェル
(Joni Mitchell) 1964年~ |
フォークロックの女王。作曲家としても多大な功績を残すシンガソングライター |
| 63 | ティナ・ターナー
(Tina Turner) 1958年~ |
1950年代から半世紀にわたって活躍したロックの女王。夫アイクのDVという苦闘を乗り越えて活躍を続けた偉人でもある。 |
| 64 | フィル・スペクター
(Phil Spector) 1958年~2009年 |
1960年代と70年代に数多くの名作を生みだした最強のプロデューサー。ザ・ロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』で世の中に衝撃を与えた。ビートルズのメンバーの作品も手掛け、アルバム「レット・イット・ビー」も仕上げた。 |
| 65 | キンクス
(The Kinks) 1963年~1996年 |
「ユー・リアリー・ガット・ミー」で有名なイギリスのロックバンド。オアシスやブラーなど、次世代のバンドにも多大な影響を与えた。 |
| 66 | アル・グリーン
(Al Green) 1967年~ |
名曲「レッツ・ステイ・トゥゲザー」で知られるソウル歌手。 |
| 67 | クリーム
(Cream) 1966年~ 1968年 1993年 2005年 |
3人の天才が1960年代に結成したスーパーバンド。そのうちの一人がエリック・クラプトン。ブルース、ハードロック、サイケを融合させたサウンドが特徴。 デビュー作から名曲を生みだし、ヒットにも恵まれたが、わずか3年であっさり解散した。 |
| 68 | テンプテーションズ
(The Temptations) 1961年~ |
「マイ・ガール」(1964年)で知られるアメリカのソウルグループ(コーラス)。モータウンが生み出した代表的なアーティストでもある。 |
| 69 | ジャッキー・ウィルソン
(Jackie Wilson) 1953年~1975年 |
サム・クック、ジェームス・ブラウンと並び称されるソウル歌手。ベリー・ゴーディJr.が携わった「リート・プティ」や、 名曲「ロンリー・ティアドロップス」などのシングルで、 モータウンサウンドの原型をつくったとされる。 |
| 70 | ポリス
(The Police) 1977年~ 1984年 2007 - 2008年 |
スティングが率いた3人組のイギリスバンド。最後のアルバム「シンクロニシティー」は、ローリングストーン誌が選ぶ「最も偉大なアルバム」で53位。 |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
71位~80位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 71 | フランク・ザッパ
(Frank Zappa) 1950年代 - 1993年 |
ジャンルを越えて活躍した前衛音楽家。ギター、ボーカル、作詞作曲、プロデュースなどをこなし、革新的でインパクトのある曲やアルバムを生み出した。 |
| 72 | AC/DC(エーシー・ディーシー)
(AC/DC) 1973年~ |
マイケル・ジャクソンの「スリラー」に続いて世界史上最も売れたアルバム「バック・イン・ブラック」を生み出したバンド。 「地獄のハイウェイ(Highway to Hell)」(1979年)など名曲で知られる。 リードボーカリスト、ボン・スコットの死 (1980年)などの悲劇を乗り越え、時代を越えて活躍を続ける。 2000年代、2010年代に入ってからも大ヒットを飛ばし、アルバムはいずれも数百万枚売れる。オーストラリア出身。 2016年、ボーカルのブライアン・ジョンソンが聴力障害でツアーを離脱し、代役をガンズ&ローゼスのアクセル・ローズが務めた。 |
| 73 | レディオ・ヘッド
(Radiohead) 1985年~ |
イギリスのオルタナティヴ・ロックバンド。1990年代、2000年代、実験的なサウンドで、評価の高い作品を生み出した。 |
| 74 | ハンク・ウイリアムズ
(Hank Williams) 1937年~ 1953年 |
カントリー音楽の礎を築いたシンガー・ソングライター。1953年に29歳で亡くなるまで、11曲の全米ナンバー1の名曲を送り込んだ。 |
| 75 | イーグルス
(Eagles) 1971年~ 1980年 1994年~ |
1970年代を代表するロックバンド。名曲「ホテル・カリフォルニア」で知られる。ドン・ヘンリーとグレン・フライが率いた。 |
| 76 | ザ・シュレルズ
(The Shirelles) 1957年~ 1982年 |
「WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW」など、後世に継がれるヒット曲を生み出した黒人女性ボーカルグループ。1960年代に大活躍した。 |
| 77 | ビースティ・ボーイズ
(Beastie Boys) 1981年~ 2012年 |
1980年代にヒップホップをメジャーにした立役者であり、ヒップホップとロックを融合させて発展させた。アメリカの白人3人で結成。 |
| 78 | ザ・ストゥージズ
(The Stooges) 1967年~ 1971年 1972年~1974年 2003年~ |
イギー・ポップが率いたロック&パンクバンド。 |
| 79 | フォー・トップス
(The Four Tops) 1953年~ |
「アイ・キャント・ヘルプ・マイセルフ」で知られるR&Bコーラス・グループ。1960年代のモータウン黄金期を支えた。 |
| 80 | エルヴィス・コステロ
(Elvis Costello) 1970年~ |
イギリスのシンガー・ソングライター。1970年代のパンク界で台頭。「This Year's Model(ディス・イヤーズ・モデル)」などの名作アルバムを生んだ。日本では、フジテレビ「とくダネ!」の主題歌に採用された「ヴェロニカ(Veronica)」でも馴染みがある。この曲は、祖母に捧げた曲である。2000年代に至るまで活躍を続ける。 |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
81位~90位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 81 | ドリフターズ
(The Drifters) 1953年~ |
アメリカの黒人コーラス・グループ。時代を越えて愛される甘い名曲「渚のボードウォーク」「ラストダンスは私に」(Save The Last dance for Me)などを生んだ。ベン・E・キングが在籍していた。日本のドリフターズも、このグループから名前を拝借したとされます。 |
| 82 | クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR=シーシーアル)
(Creedence Clearwater Revival) 1968年~ 1972年 |
天才ジョン・フォガティが率いたアメリカのロックバンド。わずか4年の間に「プラウド・メアリー」「雨を見たかい」「バッド・ムーン・ライジング」「「スージーQ」など数々の名曲と傑作アルバムをリリース。 ジョン・フォガティは、後にソロとしても「センターフィールド」などの名アルバムを出した。 |
| 83 | エミネム
(Eminem) 1990年~ |
アルバムの総売上が1億枚を超え、史上最も売れたヒップホップ・アーティスト。 デューから「ザ・スリム・シェイディ LP」「ザ・マーシャル・マザーズ LP」「ザ・エミネム・ショウ」のアルバム3作がいずれも傑作との評価を受けた。 1990年代末から2000年代に音楽界でナンバー1の人気を誇り、ラップをポピュラー文化のメインストリームに定着させることに貢献した。 |
| 84 | ジェームス・テイラー
(James Taylor) 1968年~ |
1968年のデュー以来、世界で1億枚以上のレコードを売ったアメリカのシンガーソングライター。メローな曲が多く、ジャンルとしてはフォーク・ロック、ソフトロックに位置付けられている。 2015年には新作アルバム「Before This World」で全米ナンバー1になった。 |
| 85 | ブラック・サバス
(Black Sabbath) 1968年~ 2006年 2011年~ |
「レッド・ツェッペリン」「ディープ・パープル」と並び称されるハードロック界の大物バンド。イギリス出身。 ヘビーメタルの誕生にも多大な貢献をしたと評されている。 オジー・オズボーンがオリジナル・メンバー。セカンドアルバム「パラノイド」に収録された 「パラノイド」や「アイアン・マン」などの曲が有名。オジーらが参加して再結成したうえで2013年にリリースしたアルバム「13」が初の全米1位。 |
| 86 | 2パック(トゥパック・シャクール)
(Tupac Shakur) 1988年~ 1996年~ |
ラップアーティスト。アルバム「オール・アイズ・オン・ミー(All Eyez on Me)」に収録された「カリフォルニア・ラヴ(California Love)」「How Do U Want It」などの曲が有名。1996年に25歳で死去。(目黒隆史郎) |
| 87 | グラム・パーソンズ
(Gram Parsons) 1966年~1973年 |
|
| 88 | ジェイZ
(Jay-Z) 1986年~ |
|
| 89 | ヤードバーズ
(The Yardbirds) 1962年~ 1968年 1992年~ |
|
| 90 | カルロス・サンタナ
(Carlos Santana) 1966年~ |
トップ10 | 11~20位 | 21~30位 | 31~40位 | 41~50位 | 51~60位 | 61~70位 | 71~80位 | 81~90位 | 91~100位 | ページの先頭↑ |
91位~100位
| 順位 | アーティスト名、活動時期、代表曲の動画など | 解説・レビュー |
|---|---|---|
| 91 | トム・ペティ
(Tom Petty) 1973年~ |
|
| 92 | ガンズ・アンド・ローゼズ
(Guns n' Roses) 1985年~ |
|
| 93 | ブッカー・T.& ザ MGs
(Booker T. & the MGs) 1962年~ 1971年 1977年 1994年~ |
|
| 94 | ナイン・インチ・ネイルズ
(Nine Inch Nails) 1988年~ |
|
| 95 | レーナード・スキナード
(Lynyrd Skynyrd) 1970年~ 1977年 1987年~ |
|
| 96 | ダイアナ・ロス & シュープリームス
(Diana Ross & the Supremes) 1959年~ |
|
| 97 | R.E.M.
(アール・イー・エム) 1980年~ 2011年 |
|
| 98 | カーティス・メイフィールド
(Curtis Mayfield) 1958年~ 1999年~ |
|
| 99 | カール・パーキンス
(Carl Perkins) 1946年~ 1998年 |
|
| 100 | トーキング・ヘッズ
(Talking Heads) 1974年~ 1991年 2002年 |
出典:https://www.rollingstone.com/music/lists/100-greatest-artists-of-all-time-19691231
(※ローリングストーン誌が選ぶ「グレイテスト」シリーズ: アーティスト↓ | 名曲→ | アルバム→ | 歌手→ | ギタリスト→ | 過小評価ギタリスト→ | ラップ曲→)